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ベートーヴェンの履歴書

今年はベートーヴェン生誕250周年

 

彼の功績を称えよう!

 

容姿

160センチ弱、剛髪、褐色の瞳、デコパッチ、大鼻、突き出した顎、骨太、猪首、猫背、粗野、左利き、悪筆家、左利き

 

性格

不器用、短気

 

健康状態

頑強だが、難聴

 

趣味、好物

コーヒー(自分で豆の数を数えて、入れる程のこだわり)、タバコ、酒、卵料理(これはこだわりすぎて、女中の作ったものに文句を言い、時には気に入らないと生卵を背中にぶつけたりしたので、女中も逃げ出し、自炊する事が多かった)

 

金運

若い頃の貧困のため、現金主義者

チケットを売り、音楽会をしたのも、ベートーヴェンが初めてと言われている。席にランクをつけて、サービスをしたりしたのも、ベートーヴェン。

 

宗教

キリスト教(カソリック)

 

友人関係

上流階級には平等を主張、だが目下には横暴

 

死因

肝昏睡症

 

代表的な教師

ヨハン ヴァン ベートーヴェン(父)ー宮廷楽団歌手

 

特徴

音楽の概念を覆した作曲家

 

尊敬する作曲家

バッハ

 

恋愛関係

情熱的だが身の引きどころを心得ている。同性愛嗜好も秘める。

 

家庭環境

愛情溢れる家庭とは言い難い。両親に対する偏った愛情から、私生児だったと思い込んでいたらしい。

 

配偶者

生涯独身(女性恋愛感情、関係は無かったわけではなさそうだが、身分が低かったために、当時は気に入った人に告白できない環境だった。個人教師になったりして相手の気をひいたり、近付いたりしようとしたらしい)

 

兄弟

6人中3人は早死にしている。両親を10代に亡くし、弟2人を育てる運命にあった。1人は商才に長け、とても裕福になったが、兄弟に対しても他人と同様にお金を貸し付けた。もうひとりは音楽家を諦め税務局に勤め、お金に厳しく息子を儲けた。息子をベートーヴェンにのちに親権を託し、裁判で、弟の奥さん(夜の女王と呼ばれるような愚妻)と親権を争う事になった。親権を取った後4〜5年は曲も書かずに子育てに没頭したが、子供は厳しい教育のプレッシャーに負け、不良仲間と借金を作り、ピストル自殺。ベートーヴェン家は、この後血縁者は途絶える。

 

遺産

自殺を図ってしまった甥に残した債権などの資産は、一億円余りの金額になっていたらしい。贅沢や浪費は一切しない、慎まやかな生活からできた資産。

 

葬儀

300人余りの参列者が後を絶たないほど人気が高かった。馬車で行列ができている当時の絵が残されている。比べて、モーツアルトはオペラなどの作曲で大衆の心を掴んでいたと思いきや、共同墓地に入れられてしまったほど。お葬式すら上げてもらえなかった。

 

代表作、有名な作品

交響曲第5番(運命ー日本でのみ通用する名前)

交響曲第9番(合唱付き)

エリーゼのために

月光ソナタ

バイオリンソナタ

他多数

 

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1770(ボン、ドイツ)生まれ〜1827(ウイーン、オーストリア)没

父親がモーツアルトのように育てようと、小さい頃から英才教育を施し、幼少の頃から、かなりの腕のピアニストだったらしい。

14歳の頃、オルガニストとして、宮廷に雇われている。

19歳では国民劇場のビオラ奏者、同時にボン大学で哲学の聴講生になっている

22歳ウイーン留学

 

フランス革命の影響を受け、『自由、平等、博愛』を理想に生きるが、実際は不平等極まりない振る舞いだったらしい。

 

片付けも整理整頓も下手。身嗜みも浮浪者と間違えられる事もあったほど。ピアノの上は楽譜と本と印刷物の山。ピアノの下はオマルの悪臭が漂う。大家から立ち退きの要求があり、なかなか定住できなかった。

 

ベートーヴェンは、音楽を初めて芸術扱いした人だと言われている。それまでは音楽は職人芸。宮廷や教会に仕えて、求められる音楽を差し出す事が音楽家の仕事だった。芸術は常に新しい物でなければならない。その点において厳しく、自分自身にも常に新しい事を取り入れて作曲をしていた。商業音楽(人を喜ばせるための音楽)と、非商業音楽(人としての在り方、芸術音楽)とを区別するようになったのも、この時代から。作曲家の個性がとても露出しているのが、この時期以降の音楽。

 

そして彼の一番の個性は、聞こえない耳で作曲していたという事。30代は作曲家ではなく、ピアニストとして、名声を得ていた。しかし40代に難聴が悪化。その頃から作曲の才能も開花する。

耳あたりの良い美しさから作曲をしていたモーツアルトとは、全く逆で、理論から突き詰めていく作曲法だったと思う。若い頃から難聴と闘っていたため、自分自身が音楽によって癒されていたかどうかは、わからない。でもメッセージ性の高い音楽を作ろうとしていたことは確か。

古典派とロマン派を生き、作品も初期と後期では全く違う。

新しい物を追い求めて、他の人に理解されにくい難曲から離脱し最近では、またわかりやすい曲を生み出す流れになってきたのは、行き過ぎた時代から、また大衆音楽へとクラシック音楽の考え方も変わってきたように思う。

 

 

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名言集

 

多くの人々に幸せを与える事以上に、数行で素晴らしいものはない。

 

お前にとって、お前のうちにしか、お前の芸術による他、幸福はないのだ。

 

有限なドン材でありながら、無限の精神を持つ私たちは、ひたすら苦悩し、そして歓喜するために生まれてきた。

 

髪がもし、世界でも最も不幸な人生を私に用意していたとしても、私は運命に立ち向かう。

 

真に称賛できる人物とは、逆境に直面した時に、自分御生き方を貫ける人間なのだ。

 

この世でなすべきことは、たくさんある。すぐになせ!

 

運命は耐え忍ぶ勇気を人間に与える。

 

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文献引用

 

大作曲家たちの履歴書

三枝成彰 著

中公文庫

 

音楽家の名言

檜山乃武 著

株式会社ヤマハミュージックメディア